平凡な自分がイヤ!人生を変える、やりたいことの見つけ方

平凡な自分がイヤ!人生を変える、やりたいことの見つけ方

自分を平凡に感じると、人生も今ひとつパッとしないと感じませんか?

私には、これといった特技や得意なこともなく、やりたいこともない。

いつも同じ時間に出勤しては、夕方に退社。土日は寝て過ごすことも多い。

そんな普通すぎる毎日に嫌気がさしている方もいることでしょう。

その気持ちよくわかります。

私が平凡な生活を抜け出すためにやったのは、やりたいことを見つけることでした。そこから公務員を退職し、アウトドア指導者、保険営業、フリーランスへと人生が変化していったわけです。

そこで今回は、自分を平凡と感じている人に向けて、平凡な生活から抜け出す方法をご紹介します。ぜひ役立ててみてくださいね!

 

平凡な自分がいやだった、公務員時代

市役所に勤めていた頃の私は、自分の人生がとても平凡に感じていました。

朝は7時30分のバスに乗って出勤し、日中仕事をする。終わったら、18時頃のバスに乗って自宅に帰る。そして毎週、土日を楽しみに待っては、月曜からまた同じように出勤。また次の土日を楽しみに待つ。

生活は安定はしているけれど、とても単調な毎日を過ごしていました。

そして、1年、2年と経つにつれ「この生活が、あと40年も続くのか」と思うようになり、だんだんと耐えられなくなっていったわけです。

そこから市役所を退職し、アウトドア専門学校へ入学することを決意しました。

また、退職したのは、平凡な生活を変えたかったからですが、自分なりの専門性を身につけたかったというのも一つの理由です。

何にせよ「ここから新たな人生が始まっていったなー」、という感じがしています。

やりたいことの見つけ方 3つのポイント

1. 「なんとなく好きだな」と感じる方向に進む

平凡な生活から抜け出したいときは、「これって、いいな」「おもしろいな」「好きだな」と感じる方向に向かうことです。

今、やりたいことがない方は、何をやったらいいか迷うかもしれませんが、感覚としては、『LOVE』ほどの情熱がなくても、「なんとなく好きかな」という『LIKE』の感情があれば十分だと思っています。

少しでも興味をもって始めたことと、「やらないといけない」という義務感で始めたこととでは、成果が出たときの喜びやモチベーションが全然違います。

ですから、最初から大好きである必要はありません。何かにチャレンジする入り口が「ちょっと興味がある」「どちらかというと好き」であれば、そこから「やりたいこと」に育っていく可能性があるからです。

私もアウトドア専門学校に入学した時点では、卒業後どんな仕事に就くか決まっていませんでした。

自然ガイドや子供向け野外活動指導者、地域活性化、農業など具体的にはわかりませんでしたが、「なんとなく自然が好き。自然に関わる仕事がしたい」という想いからスタートしています。

「好きこそものの上手なれ」という言葉がありますが、あれはその通りだと思っていて、自分の好きなことや興味のあることであれば不思議と頑張れるものです。

「好き」とか「おもしろい」といった心から湧き出た感情であれば、頑張っている感覚もなく、時間を忘れて没頭できます。また「これが好き」と同じように「これはやりたくない」「苦手」というのも一つの発見です。

「なんとなく好き」「なぜか気になる」、そんな風に感じたことがあったなら、自分の感情にしたがって素直にやってみるといいかもしれません。

前から気になっていたお店に行ってみる、好きなミュージシャンについて調べてみるなど、小さなステップから始めるのがコツです。

2. なんとなくでも好きと思ったら、追いかけてみる

やりたいことがない時期というのは、自分が「何が好きで、何が嫌いなのか」を考える時間だと思っています。

いろいろなことにトライして気持ちを振り返り、「なんとなく好き」というものが見つかったなら、もう少し追いかけてみることです。

おもしろいと感じるものや興味のあることに、とことんハマってみましょう。

やりたいことは、感情から生まれるものなので、ムダとか将来性とか考えずにどんどんやってみることです。

たとえば、夏フェスが好きならライブハウスに行ってみる。ツイッターやインスタがおもしろいと思ったならブログも始めてみるなど、あまりお金もかからず、自分一人でできることも結構あるものです。

「なんとなく好きだな」と思えば、もっと詳しい情報を知りたくなりますし、気がついたら多くの時間を使っていることも少なくありません。

自分ではただ好きでやっていただけなのに、知らないうちに知識や経験が蓄えられて、他の人より詳しくなっていく。おそらくそれが、個性というものなのでしょう。

平凡な自分を変えるためには、「好きなことを追いかけてみる」「ハマってみる」ことも大切なのです。

3. 誰かをサポートする仕事がやりたいことかもしれない

いくら考えても、やりたいことが見つからない、、、。

もしかしたらそんな人は、誰かを支援したり、サポートしたりすることに喜びを感じるのかもしれません。

自分が主役になるのではなく、他の人の魅力を引き出すこと、目標達成に向けてフォローすることが、実はやりたいことだったという可能性があります。

  • 人と人を繋ぐサービス
  • 同じ夢を持った人が集まるコミュニティ作り
  • 悩みの相談相手、カウンセラー
  • 話し合いを手助けする、ファシリテーター

私は一時期、ファシリテーターを本業にしたいと考えていたことがあり、子供の仲間づくりや自分の意見が言える場づくりをしていました。

自分の関わりによって、子供が成長していく姿は嬉しく、少しでも何か良い影響が与えられるのではないかということに楽しさを感じたものです。

やりたいことが見つからないという方は、誰かをサポートすることに生きがいを感じるということもあります。

やりたいことは一つじゃなくていい

「やりたいこと」というと、何となく一つのことを一生懸命にやるイメージがありますが、やりたいことは一つである必要はないと思っています。だから、複数のやりたいことがあってもいいはずです。

私はずっと特定のスキルや得意分野がなかったことから、一つの分野に精通したスペシャリストに憧れを持っていました。一つのことをずっと続けている人って、かっこいいですからね。

でも、さまざまな仕事に就き、経験を積み重ねていくことで、自分は複数のことをやっている方が合っているということに気がつきました。

何でもそこそこのレベルでできる人は、複数のことをやっている方が気持ちも安定するのかもしれませんね。

やりたいことは、経験や状況によって変わることもあるので、もし複数あるなら、無理に一つに絞る必要はありません。

優秀すぎると、自分を平凡に感じる

そこそこのレベルだけど、たいていの物事はできてしまう。そうであるなら、もしかしたら優秀すぎるゆえに自分を平凡と感じるのかもしれません。

たとえば、学校のテストで数学だけ90点で、他の科目は60点くらいの人は「数学が得意な人」として周りから意識されます。何か一つ目立つ分野があるので、個性的に感じやすいですよね。

ですが、国語、数学、英語、地理、化学など、どの教科でも80点が取れる人は「頭のいい人」くらいの印象しか残りません。

数学だけ90点の人は「数学に強い人」と言われるのに対して、全教科でそこそこの良い点を取っている人は「頭がいい」程度にしか思われないことがあるのです。たとえ、総合点では数学に強い人より上だったとしても。

そのため、全教科で良い点が取れる人は、数学だけできる人より、メリハリが少なくなってしまうため、自分を平凡に感じやすくなるのではないでしょうか。

また、こういった結果は、両者のメンタル面にも違いを生むと思っています。

数学に強い人の場合は、「私は他の教科はだめだけど、数学はできる」という、自分自身との比較から前向きな感情を感じやすいことでしょう。

ですが、全教科できる人の場合は、「自分は頭がいい。勉強ができる」という漠然とした印象を抱きやすく、比較は他人とすることになります。そのため、自分より優秀な人が出てきた途端に、自分自身を平凡と感じやすくなるわけです。

登山でいえば、「数学だけできる人」はアップダウンの差が激しいコース。「全教科ができる人」は、平坦な道が続くコースです。

どちらの方が良い悪いということではないですが、優秀な人は、バランス良く物事を処理できることが多いため、自分の中の起伏が少なく、平凡に感じやすいといえます。

あなたのことを羨ましいと思う人もいる

自分のことを平凡と感じていても、案外周りはそう思っていないことがあります。

中には、個性とすら思っていなかった面を「羨ましい」と思っている人すらいるのです。

それは、物事に対するバランスの良さかもしれませんし、話し方や生き方かもしれません。継続してきたことが何もない人にとっては、子供の頃から習い事を続けていることだってすごいことに感じます。

私は、これといった特技もなく、突出したものがない器用貧乏な自分をずっと嫌だと思っていました。

そんな自分でも、アウトドア学校の授業で友人から「おれもそんな風にできるようになりたいよ」と言われたことがあります。確かそのときは、外遊びの企画会議か何かだったと思うのですが、その言葉だけは強く印象に残りました。

ですから、自分では普通だと思っていることでも、他の人から見たら羨ましいと感じる個性なのかもしれません。

自分で気づいていないだけで、誰しもきっと魅力があるはずです。こちら記事もおすすめ>>>自分の良さがわからない。答えは褒められたことや評価されたことに隠されている

やりたいことがない時期は、ボーッとしていればいい

やりたいことがない人生もまた平凡に感じるもの。私も自己啓発書を読んだり、自己分析したりして、自分のやりたいことや好きなことを探してきました。

でも、やりたいことって感情から生まれるものなので、やりたいことがない時期はボーッとしていればいいと思います。

ボーッとというと「そんなじゃ、一生やりたいことなんて見つからない」と思うかもしれませんが、言いたいのは、やりたいことは無理に見つけるものではないということです。

やりたいことは、頭でごちゃごちゃ計算したり、意志の力でどうこうして見つかるものとは違います。

あくまで、「好きだ」とか「居心地がいい」とか感情が主役です。

とはいえ、やりたいことがないからといって、本当に家の中でボーッとしていても何も変わりません。

ですから、やりたいことがない時期は、やりたいことを探すというより、物事にトライする機会を増やすのがおすすめです。たとえば、

  • 新しい人に会う、話す(聞く)など、人に関わること
  • 料理やハンドクラフトなど、何かを作ること
  • イベントやBBQなど、みんなでやること
  • 考えることや分析すること
  • ブログなど、文章を書くこと
  • 観光地やユニークな店などを探す、人に伝えること、などなど。

自分が興味を持てることや楽しんでできることなら何でもいいです。

全く何も思い浮かばないという人は、とにかく手当たり次第にやってみるといいかもしれませんね。

トライするときは、この先続くかどうかなんて考える必要はまったくありません。嫌だと思ったら二度とやらなければいいだけのことですし、仮に、三日坊主で終わったっていいじゃないですか。

大事なのは、自分が「何が好きで、何が嫌いか」、「どんなときに喜びを感じるか」など可能性を探ることです。

そして、やりたいことの中には、一定数のやりたくないことも含まれているもの。たとえ100%やりたいことと言えなくても、それなりに好きと感じるのであれば、後々やりたいことに変わる可能性はあると思っています。

ですから、今は人生のお試し期間と思って、気楽な気持ちでいろいろなことにトライしてみてくださいね。

まとめ

自分の人生を平凡に感じるのは、そこに、やりがいや生きがいがないからかもしれません。

「やりたいこと」は、気持ちがいいとかおもしろいといった感情が出発点となっているので、無理に見つけようと思ってもなかなか見つからないものです。

やりたいことがない時期は、さまざまなことにトライして、自分の好き嫌いなどに気づくことが大切。

「なんとなく好きかも」と思うことが見つかったら、もう少し深くハマってみましょう。好きなことをやっていくと、平凡だった人生にも面白さが出て、楽しくなっていくはずです。